前編では、不況とホラー映画の関係について調べてみましたが、実は現代のホラーブームは不況だけでは説明できないほど複雑だということが分かりました。
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【前編】不況になると恐怖映画が流行るのは本当か?
→ ホラーと不況の歴史的な関係を知ってから読むと、この記事がより理解しやすくなります。
実は現代のホラーブームは不況だけでは説明できないほど複雑だということが分かりました。では、一体何がこんなにもホラーを流行らせているのでしょうか。実は、情報環境の急速な変化と、それに伴う社会全体の不確実性が、現実と虚構の狭間にある作品を人気にしているのではないか、と考えられます。今回、その理由について調べてみました。
目次
SNSと考察文化が作品を大きく広げている
ここでは、モキュメンタリーやフェイクドキュメンタリー作品がなぜこんなに流行しているのか、SNS周りの要因について調べた内容をお伝えします。
視聴者が謎解きに参加する楽しさ
調べてみたところ、モキュメンタリー作品の最大の特徴は、SNSとの高い親和性にあるということが分かりました。視聴者が作品についての考察や謎解きを楽しみ、その内容をSNSで共有することで新たな視聴者を獲得し、作品が広がっていくという流れが作られているということのようです。
個人的に印象的だったのは、テレビ東京の『TXQ FICTION』第1弾「イシナガキクエを探しています」の例です。放送直後からSNSを中心に話題となり、多くの考察が飛び交ったということ。YouTubeでの配信が解禁されると、第1弾の再生回数は100万回再生を超えたそうです。つまり、放送だけでなく、その後のSNS上での議論や考察が、さらに多くの人に作品を知らせるきっかけになったんですね。
複数の情報源で確認したところ、視聴者が能動的に参加し、コミュニティを形成することで、作品の寿命が延び、バイラル的な拡散が生まれるということのようです。これは従来の受動的な映画鑑賞とは全く異なる体験ですね。
「じわじわ怖くなる」という独特の体験
調べてみたところ、フェイクドキュメンタリーが視聴者に提供する体験は、「一見普通の番組だけれど、じわじわ怖くなる」というものだということが分かりました。最初はよく分からなかったのですが、例えば「このテープもってないですか?」のような問いかけを視聴者に投げかけることで、「これは本当にあったかもしれない」という可能性を感じさせるんですね。
この「徐々に恐怖に気づく」過程は、SNSでの共有・議論を通じて強化されるということのようです。つまり、一人で視聴した時の恐怖感が、SNS上で多くの人の考察と出会うことで、さらに増幅されるということなんでしょう。
情報の真偽が問われる時代だからこそ
ここでは、現代社会の情報環境がこのような作品の流行とどう関係しているのか、調べた内容をお伝えします。
フェイクニュース時代のメディアリテラシー
調べてみたところ、現代社会は「ポスト真実の時代」と呼ばれるほど、フェイクニュースや虚偽情報が日常的に氾濫しているということが分かりました。デジタル技術の進化により、現実と虚構の境界がますます曖昧になっており、SNS上での理想化された自己表現は、現実の生活とどう異なるのかという問いが常につきまとっているんですね。
複数の情報源で確認したところ、フェイクドキュメンタリーやモキュメンタリーは、**「情報の正しさを判別するメディアリテラシーの能力」**を問い直す実験場として機能しているということのようです。生成AIを使った巧妙なフェイクニュースを日常的に目にするようになり、情報の正しさを判別する能力が個人に求められる時代となっているとのこと。モキュメンタリー作品は、そのような時代だからこそ、視聴者に「これは本当か、それとも創作か」という問いを投げかけ、メディアへの意識的な関わり方を促すんですね。
フィクションと現実の境界が曖昧になっている
調べてみたところ、2025年の文学業界では「フィクションと現実の境界がますます曖昧になる」という指摘があるということが分かりました。2024年から2025年にかけて、小説だけでなくドラマなどでも『フェイクドキュメンタリー』が大流行しているとのこと。
個人的に考えてみると、このような現象は、現代人が直面する情報環境の不確実性を反映しているのかもしれません。合理的な説明が可能な世界よりも、謎や不確かさが残る世界の方が、現代人にとって共感を呼ぶということなのかもしれませんね。
受け身の消費から参加する体験へ
ここでは、現代の消費者が求めている体験の変化について調べた内容をお伝えします。
「その瞬間だけの特別な体験」に価値を感じる
調べてみたところ、現代の消費者は、受動的なコンテンツ消費から能動的な体験への転換を求めているということが分かりました。「トキ消費」と呼ばれる傾向が拡大しており、モノを所有することの価値が薄れ、「その瞬間だけの特別な体験」や「記憶に残る時間」に価値を見出す人が増えているんですね。
複数の情報源で確認したところ、イマーシブ(没入型)体験が注目される理由は以下の通りだということのようです:
最初はよく分からなかったのですが、デジタルコンテンツへの飽きが大きな要因だということなんです。NetflixやSNSなど、受動的に画面を通してコンテンツを消費する様式が当たり前になり、その飽和感から逃れたいという心理が働いているんですね。
また、コロナ禍やライフスタイルの変化でリアルな対話が減る中、没入型コンテンツは空間への没入を通じて「人と話す」という目的を再創出する場となっているということのようです。さらに、現代社会において自分の意思で参加する機会が減る中、没入型コンテンツは「楽しまされる」のではなく「のめり込まなければならない」という能動的な参加性を求めるんですね。
ARGという究極の参加型体験
調べてみたところ、ARG(オルタナティブ・リアリティ・ゲーム)というものが存在するということが分かりました。専門的にはこう呼ぶそうですが、簡単に言うと「リアルワールドをプラットフォームとしたインタラクティブな物語」のことですね。
個人的に興味深かったのは、ARGの参加方法です。プレイヤーは現実世界の手がかりを追い、謎を解いていく体験をするとのこと。つまり、現実とゲームの境界を意図的に曖昧にし、参加者に強い没入感を提供する仕組みになっているんですね。
現代はホラーが求められる時代
ここでは、現実と虚構の狭間の作品、特にホラー作品がこの時代に流行しているのか、調べた内容をお伝えします。
伝統的なミステリーから「ホラー」への転換
調べてみたところ、現代において、伝統的なミステリーが成立しにくくなったということが分かりました。DNA鑑定や監視カメラの普及により犯人が容易に特定できる令和の時代では、旧来の探偵役(金田一耕助のような)が活躍するミステリーは不自然に見えるということのようです。
複数の情報源で確認したところ、そのため、超自然的な「ホラー」という特殊設定を持ち込むことで、現在の環境下でもサバイバルや謎解き要素のある作品を描くことが可能になっているということのようです。つまり、ホラーというジャンルは、現代社会の環境に合わせた、新しいエンターテインメント形式として機能しているんですね。
「ヒトコワ」:人間の怖さへの関心の高まり
調べてみたところ、現代のホラーブームでは、「ヒトコワ」(人間の怖さ)や精神的な恐怖が重視されているということが分かりました。ファウンドフッテージとして、資料を集めて公表しましたという体裁をとることで、「誰を」の部分はある程度自由に設定できるんですね。
個人的に印象的だったのは、具体的な恐怖の演出方法です。その人自体にちょっとした怖さがある、その出自に不気味さがあるとか、そういうところで怖さの演出をするということのようです。
これは、霊的な恐怖だけでなく、人間の精神が壊れていく過程や、人間の精神のブラックボックスそのものを描くことに適しており、不条理系ホラーとして読者の心理を突くことができるんですね。現代社会における人間関係の希薄化や孤立感が、このような「ヒトコワ」への関心を高めているのかもしれません。
制作する側にとっても魅力的なジャンル
ここでは、制作側がこのようなジャンルを選ぶ理由について調べた内容をお伝えします。
アイデア一つで勝負できる低予算性
調べてみたところ、モキュメンタリー作品の魅力は、制作者側の利点も大きいということが分かりました。大掛かりなセットや特殊効果に頼ることなく、アイデアと演出だけで制作できるため、参入障壁が低く挑戦しやすいジャンルなんですね。
複数の情報源で確認したところ、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』という作品は6万ドルという超低予算で制作されたにもかかわらず、全世界興行収入2億4050万ドルを記録したということが分かりました。個人的に驚いたのは、この成功の鍵は、「本当にあったかもしれない」という可能性を視聴者に与えたことにあったということです。
この低予算でも高い成功を収める可能性は、YouTubeなどのプラットフォームで活動するクリエイターにとって特に有利だということのようです。高価な機材や大規模な制作体制を必要とせず、アイデアと演出力で勝負できるため、多様なクリエイターが参入し、作品の多様化が進んでいるんですね。
複数のメディアへの展開のしやすさ
調べてみたところ、モキュメンタリー手法は、映画、テレビ、YouTube、小説、SNSなど多様なメディアで展開可能だということが分かりました。
個人的に興味深かったのは、WEB小説との親和性です。WEB小説は短く切った断片的な章立てが多いため、情報を少しずつ積み上げていくモキュメンタリーの手法(新聞記事や取材メモなど)はWEB媒体との親和性が非常に高いということのようです。
複数の情報源で確認したところ、雨穴氏の『変な家』は、2021年にYouTubeで配信されたものが書籍化・映画化され、多様なメディアで展開されたということが分かりました。つまり、一つの作品が複数のメディアを横断して展開されることで、より多くの層にリーチし、ブームの拡大に貢献しているんですね。
結論:現実と虚構の境界が曖昧な時代だからこそ
今回は、フェイクドキュメンタリー・モキュメンタリー・ARGなど「現実と虚構の狭間」の作品が流行している理由について調べてみました。前編で見たように、不況時にホラーが流行する傾向は確かに存在します。しかし、現代のホラーブームはそれ以上に複雑で、情報環境の急速な変化が大きな役割を担っているということが分かりました。
個人的に整理してみると、以下のようなポイントが重要だと感じました:
情報環境の急速な変化: フェイクニュースの蔓延やポスト真実時代の到来により、現実と虚構の境界が曖昧になり、人々はメディアリテラシーを意識するようになった。同時に、生成AIやSNSの普及により、情報の真偽が問われる時代となり、それを反映したエンターテインメントが求められるようになったということ。
視聴者が求める体験の転換: 受動的なコンテンツ消費から能動的な体験への転換が進み、視聴者は物語に没入し、考察・謎解きを楽しむことを求めるようになった。SNS上での考察・謎解きを通じたコミュニティ形成とバイラル拡散が、作品の知名度向上とブームの拡大に貢献しているということ。
現代社会の不確実性への共感: 合理的に説明できる世界よりも、謎や不確かさが残る世界の方が、現代人の不安や孤独を反映して共感を呼んでいるということ。特に「ヒトコワ」への関心の高まりは、現代社会における人間関係の希薄化や孤立感を反映しているのかもしれません。
制作環境の急速な民主化: 低予算での制作可能性により、アイデアと演出力で勝負できるため、多様なクリエイターが参入し、作品の多様化と市場の拡大が進んだということ。同時に、映画、テレビ、YouTube、小説など多様なメディアでの展開が可能となり、より広い層にリーチすることができるようになった。
つまり、現代社会の不確実性と情報環境の変化が、「現実と虚構の狭間」に立つ作品を生み出し、それが多くの人の心を捉えているということなんですね。不況も確かに一つの要因ですが、現代のホラーブームはそれ以上に、情報が氾濫する時代に、真実と虚構の区別がつきにくくなった社会への違和感が、作品を求めているのではないかと思われます。
この傾向は、技術の進化や社会の変化とともに今後も継続し、さらに多様な形態で展開されていくんだろうと思います。
参考になれば嬉しいです。今後も、このような社会の変化とエンターテインメントの関係について調べていきたいと思います。
今回も読んでくれて感謝
超謝謝
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